WEB版『テラカツ!』寺院活性化事例紹介(第3回)

2024.03.21

『テラカツ!』は曹洞宗宗務庁より毎月発行されている『曹洞宗報』にて連載されていました。全国曹洞宗青年会の出向者が聞き手となり、全国各地で活発に活動されている青年僧侶の方々を紹介しています。寺院運営も厳しくなってきていると言われている昨今ですが、各地の事例を参考にして、ご自坊をもり立ててみませんか?

第3回 和歌山県田辺市・五郎地蔵寺

 曹洞宗の布教教化における精進料理の可能性は、近年関心の高まっている食育の観点、また宗門が取り組むSDGsの観点からも高いものがあります。精進料理を活かした寺活を行っている方は多く、またこれから始めたいと考えている方も多いのではないでしょうか。和歌山県田辺市にある五郎地蔵寺の住職、市橋宗明師は精進料理カフェ「五郎庵」を経営しておられます。お客さんからは「精進料理のイメージが変わった」と評判のお店です。 過疎化や寺離れによる檀家の減少が問題視されている昨今、檀家制度に縛られない寺院の在り方を模索する五郎地蔵寺の活動をご紹介します。

<プロフィール>
五郎地蔵寺住職 市橋宗明師

1982年生まれ。40歳。システムエンジニアとして働いた後、平成19年より静岡県可睡斎専門僧堂に安居。帰山後、平成27年より精進料理カフェ「五郎庵」を開業。丹精込めた精進料理とお洒落なスイーツで人気を博している。

五郎地蔵寺を取り巻く環境はどのようなものでしょうか。

市橋師 五郎地蔵寺には檀家がありません。そのため先住は学校や塾の講師を副業としていました。それでもお盆やお彼岸の期間は忙しく、最盛期には数百軒の棚経や仏壇参りがありました。今では家が絶えてしまったり、若い世代が市外に移住したりでお参りの数は半減しています。 五郎地蔵寺のある田辺市下三栖地区は宅地開発が進み、若い世代や分家さんなど、お寺にあまり縁のない方々が比較的多く住んでいます。ここにお寺があることを知らない方もいると思います。

―評判の精進料理を提供する五郎庵ですが、市橋住職は料理の経験があったのですか?

市橋師 いいえ、料理の経験はまったくありませんでした。神戸のITの専門学校を卒業した後、システムエンジニアとして3年半ほど働いていました。兄もいるので実家である五郎地蔵寺を継ぐつもりはなかったのですが、僧侶となる決意をし、静岡県の可睡斎へ安居しました。可睡斎で当時、典座寮を取り仕切られていた老師に声をかけていただき精進料理の道に入りました。その後、大本山總持寺の典座もお務めになられた小金山泰玄老師と出会い、大きな影響を受けました。可睡斎での修行は6年間ほどになりましたが、そこでの経験から精進料理の基本と教えを学びました。

―可睡斎での修行が寺活に活かされているのですね。

市橋師 小金山老師の料理に対する真摯な姿を見て多くのものを学びました。怒られたり注意されたりした記憶はありません。いつでも和やかな大きな心「大心」で私たちを見守ってくれていた気がします。優しく見守り、任すときは任せてくれたことから自信もつきました。小金山老師はいつも「食べてくれる人を思いなさい」とおっしゃっていました。『典座教訓』に「衆僧を供養す、故に典座あり」という言葉があります。ただただ修行僧を思い料理に向かう老師の姿はこの言葉を体現しているようでした。五郎庵でもその言葉を忘れず、お客さんのことを思い、仏道修行の一環として取り組んでいます。

―修行を終えてから五郎庵を開かれた経緯を教えていただけますか?

市橋師 檀家のないお寺ですし、地域の方々にお寺の存在を知ってもらうきっかけにもなればと、いつか精進料理カフェを開業したいと思っていました。可睡斎で調理師免許を取得し、修行を終えてから1年後、平成27年に五郎庵を開店しました。こんなにも早く開店できたのは、妻の後押しが大きかったですね。妻は以前、田辺市内でカフェを経営していました。五郎庵で使っているカウンターや机、椅子は妻のお店でかつて使用していたものです。妻はまたカフェを開きたいと考えていたので、それなら一緒にやろうとなりました。午後2時以降のカフェタイムは妻が中心となってスイーツなどを考案してくれています。僧侶である以上、僧侶としての務めを優先していますので、一人ではとても切り盛りすることはできません。妻の助けを借り二人三脚で取り組んでいます。

―寺活を通じて嬉しかったこと、苦労したことなどはありますか。

市橋師 可睡斎では典座寮で調理、盛り付けはしますが料理を運ぶのは接客係です。そのため、食事をしている人の顔を見ることはできませんでした。ここでは食事をした後に「ごちそうさま」「美味しかったよ」「何を使っているの?」などとお客さんと話をすることができます。何気ない会話をできることは嬉しいです。布教の一環として、精進料理を提供するときには「五観の偈」のチラシを渡しています。ほとんどの方がそのチラシをお持ち帰りくださいます。「五観の偈」についての質問にお答えすると、「孫にも教えておく」と言われることもあります。その方が家に帰り家族でのコミュニケーションのきっかけとなれば嬉しいですし、布教に繋がっているなと実感できます。カフェでいただいたご縁で菩提寺のない方々から永代供養やお葬式を頼まれることもあります。寺活がお寺のためにもなっているのかなと感じています。 苦労していることは、やはり時間的に大変なときがあることです。多忙を極めるときには「少し品数を減らそうかな?」などと考えたこともありました。夜遅くまで仕込みをするときもありますが、お客さんのために妥協をせず頑張っています。

―寺活を通じて目指すお寺の在り方を教えてください。

市橋師 前述のように檀家もなく地域住民の方にも知らない人がいるお寺です。お茶を飲みに人が集まり、「ここにお寺があったんや」「坐禅会してるんや」とお寺のことを知ってもらえれば、お寺の今後にも繋がると思います。五郎地蔵寺には山門がありません。門のない開かれたお寺を目指しています。夏の時期には近所の子どもたちが100円玉を握りしめてかき氷を買いにやってきます。子どもたちからは「かき氷屋のおっちゃん」と思われているかもしれません(笑)。それでもいいです。お寺に縁のなかった子どもたちが来てくれるだけで、長い目で見れば布教に繋がると信じています。近所の方がコーヒーを飲んで談笑する、子どもたちが境内で遊んでいる、それが本来あるお寺の風景だと思っています。先住はお寺で塾をやっていたこともあり、親しみやすいお坊さんとよく言われていました。私もそんなお坊さんでありたいと思っています。

―これから寺活を始めたいと思っている人にメッセージがありましたらお願いします。

市橋師 高尚なことは言えませんが「お坊さん」であることを忘れてはいけないと思います。商売や事業に走り過ぎるとお寺のためにも寺活のためにもなりません。もちろん採算を度外視することはできませんが、それでも「人の喜ぶ顔のために」という気持ちは忘れないようにしています。お坊さんであるということに軸足をおいて、お坊さんとしての素養を高めていけば、お寺と寺活の両輪として進めていけるのではないでしょうか。

(聞き手・文構成/全国曹洞宗青年会 副会長 岡島典文)

引用:曹洞宗宗務庁刊『曹洞宗報』令和4年9月号掲載
全国曹洞宗青年会「テラカツ!〜寺院活性化事例紹介〜」
※年齢・役職等は『曹洞宗報』掲載当時のものです。